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【大井俣窪八幡神社】武田家ゆかりの神社は”重要文化財の宝庫”

こんにちは。山梨県山梨市にある『大井俣窪八幡神社』の参拝録です。
山梨県の神社仏閣の観光案内でも、あまり大々的に紹介されていないマイナーな神社なのですが、武田家ゆかりの神社で、貞観元年(859年)創建の古社。戦国時代、駿河・今川勢の侵攻により、社殿の多くは焼失してしまいますが、武田信玄の父・武田信虎により再建されます。その頃の社殿が現存しており、建物9棟11件が国指定重要文化財に指定されている、まさに”重要文化財の宝庫”なんです!

現存する最古の木造鳥居

雁坂みち(国道140号)を八幡橋西詰交差点で曲がると姿を現す木造の鳥居。見た感じも相当古いものだろうと推測しましたが、『大井俣窪八幡神社』のホームページを見てみると”現存する日本最古の鳥居”として紹介されています。天文八年(1539年)武田信虎が、自分の厄年に寄進したらしく、500年近く前から存在している事になりますね。この大鳥居、必見です!

神門

鳥居からまっすぐ伸びる道を歩いて行くと檜皮葺の「神門」前に到着。これも信虎が再建したもので国指定重要文化財。ひし形を4つ並べた「武田菱」がデザインされていますね!なお「神門」前に架かる石橋も同じく、国指定重要文化財です。
『大井俣窪八幡神社』の御祭神は、誉田別尊(ほんだわけのみこと)、足仲彦尊(たらしなかつひこのみこと)、気長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)。

通称「窪八幡神社」。清和天皇の勅願により貞観元年(859年)、宇佐神宮の八幡三神を勧請したのが始まり。その地の「大井俣」を神社名として大井俣大明神と称し、その後、何回か水害で流され現在の窪の地へ遷座した事により「窪八幡宮」と呼ばれるようになった。(引用元 大井俣窪八幡神社ホームページより)

小川が流れる静かな境内。

神池

小川の先にある神池らしき泉。その先に朱塗りの柵に囲まれた小さな社が見えます。

末社 比咩三神本殿

小さな社は、寛永二年(1625年)徳川忠長により再建された国指定重要文化財「比咩三神本殿」。

そして、『大井俣窪八幡神社』の拝殿へ向かいます。

階段を上り振り返ると、こんな感じの木立の中の境内。歴史ある神社なのですが、広く知られていない?せいか、参拝者も少なく落ち着いた境内。

大井俣窪八幡神社 拝殿

最大の見どころの「拝殿」とその奥の「本殿」。それにしても、めちゃくちゃ長い「拝殿」。こんなに長いのは初めて見たかも。「拝殿」「本殿」ともに国指定重要文化財なのですが、「本殿」は、三間社流造の三社が間に1間をおき、横に連結して11間の形となる「十一間社流造」と言う珍しい形式で、国内に現存する最大の流造本殿との事。必見ですよ~!

本殿

奥が『大井俣窪八幡神社』の本殿、手前は摂社「若宮八幡神社」の本殿です。

末社 高良神社本殿

『大井俣窪八幡神社』拝殿に向かって、左側に鎮座する末社 「高良神社本殿」。明応九年(1500年)に再建された社で、国指定重要文化財。

摂社 若宮八幡神社拝殿

この古民家風の建物は「若宮八幡神社」の拝殿。『大井俣窪八幡神社』拝殿に向かって右側に鎮座しています。「若宮八幡神社」本殿とともに国指定重要文化財。

鐘楼

なかなか味のある鐘楼です。山梨県指定文化財で、天文二十二年(1553年)武田信玄が再建。
武田信虎・武田信玄が復興に尽力し、崇敬した『大井俣窪八幡神社』は、境内に当時の建造物が多く現存しているので、戦国時代の頃の雰囲気が感じられるパワースポットでした。武田家・武田信玄ゆかりの山梨・観光スポットを回られる際は、ぜひ『大井俣窪八幡神社』も参拝してみて下さい。

基本情報

・名称:大井俣窪八幡神社
・住所:山梨県山梨市北654
・電話:0553-23-5390
・駐車場:あり(5~6台くらい)
・HP:大井俣窪八幡神社
・アクセス
-車:中央自動車道「勝沼IC」から約30分
-電車:JR中央線「山梨市駅」からタクシー約10分