
こんにちは。京都市上京区に鎮座する『御霊神社(上御霊神社)』と『霊光殿天満宮』の参拝録です。「京都御所」周辺の小さな神社めぐりの続きで、今回も強力なパワースポットのご紹介です!
露光殿天満宮



まずは『霊光殿天満宮』から参拝。烏丸線「今出川駅」から徒歩5~6分、住宅地の中にひっそりと鎮座する小さな神社で、京都観光で立ち寄る参拝者もあまりいないかと。天満宮なので「菅原道真公」が祀られているのですが、なんと「徳川家康公」も合祀されている珍しい神社なんです!
創建は寛仁2年(1018年)、菅原道真公の子孫である菅原義郷が勅命により、かつて道真公の領地であったとされる河内国若江郡に神殿を建てたのが『霊光殿天満宮』の始まりらしい。
天下無敵必勝利運

鳥居の扁額をよ~く見ると「天下無敵必勝利運」と書かれています。これは、鎌倉時代に起こった元寇の時、後宇多天皇が『霊光殿天満宮』にて蒙古退治の祈祷を行わせたところ、元の船がことごとく沈んでいったことにより、天皇から「天下無敵必勝利運」の扁額を頂いたのだそう。ここは、すごいパワースポットなのかも知れませんね!
拝殿

門をくぐると石灯籠の向こう側に拝殿。その奥に本殿。
本殿




徳川家康公が御祭神として、菅原道真公と共に祀られるようになったのは寛永13年(1636年)と伝えられています。『霊光殿天満宮』で天下太平を祈願した徳川家康公の死後、合祀したんですね。徳川家康公はかなり、この神社を崇敬していたらしいのですが、やはり「天下無敵必勝利運」に惹かれたのかな。

天満宮なので臥牛像もご覧の通り。
上御霊神社(御霊神社)



場所変わって、ここは『上御霊神社(御霊神社)』の鳥居前。『霊光殿天満宮』からは徒歩20分ほど、烏丸線「鞍馬口駅」からは徒歩約3分です。『御霊神社』と名の付く神社は全国にたくさんありますが、非業の死を遂げた怨霊の祟りが疾病や天災を引き起こし、これを鎮めるために「御霊」として祀るのが御霊信仰で『御霊神社』です。ここは京都市中京区に鎮座する「下御霊神社」に呼応して『上御霊神社』とも呼ばれていますが、この2社は「御霊神社」の総本社なのかな。
応仁の乱勃発地

ここ『御霊神社』は「応仁の乱勃発地」とされている歴史的な場所でもあるんですね!
楼門(西門)

『御霊神社』の始まりは延暦13年(794年)、流行していた疾病は、藤原種継暗殺に関与したとされ非業の死を遂げた「早良親王(崇道天皇)」の祟りであるとし、この地に祀ったのが始まりのようです。その後、貞観5年(863年)、「早良親王」同様に非業の死を遂げた方々の魂を鎮める儀式「御霊会」において六柱の御霊が祀られた「六所御霊」に。この「御霊会」が現在の『上御霊神社』『下御霊神社』の創建年とされ、さらに後年、2柱の追加・入れ替えが行われ現在は「八所御霊」になっています。現在の主祭神は以下の通りです。
早良親王(崇道天皇)、他戸親王、井上大皇后、藤原大夫人、橘大夫、文大夫、火雷神、吉備大臣。
狛犬


手水舎

境内

境内はとても静か。メジャーではない神社なので、観光客も少なくゆったりと参拝できました。


狛犬の手前には見事な枝ぶりの松。幹と枝の曲がり方が絶妙です!
神楽殿



排所・本殿



『御霊神社』のご利益は、特に厄除けと心鎮め。荒ぶる魂を鎮めてお祀りしているので、ストレスや怒りなどを鎮めて心を平静にしてくれたり、災難から守ってくれるパワーはありそうですね!
御霊合戦旧跡

境内には「応仁の乱」の発端になった「御霊合戦」の碑もありました。まさにこの場所『御霊神社(上御霊神社)』で、畠山家のお家騒動により畠山義就軍と畠山政長群が衝突。この戦いは畠山義就の勝利に終わるも、守護大名の細川勝元と山名宗全の抗争となり、室町幕府が東西に分かれて争う戦乱へと発展、「応仁の乱」になっていったんですね。
京都市内神社めぐり
過去記事でご紹介した神社は、実際にこんな感じに歩いてみました。「京都御所」周辺にある小さめの神社めぐりですが、さすが京都だけあって、皆、歴史ある神社ですね!健脚向のコースかも知れませんが、レンタル・サイクル使えば比較的、楽に参拝できますので興味ある方はぜひトライしてみて下さい!
基本情報
○霊光殿天満宮
・住所:京都市上京区徳大寺殿町365
・電話:075-431-4763
・駐車場:なし
・拝観時間:7時~17時
・アクセス
-烏丸線「今出川駅」徒歩5分
○御霊神社(上御霊神社)
・住所:京都市上京区御霊前通烏丸東入上御霊竪町495
・電話:075-441-2260
・拝観時間:7時~17時
・駐車場:あり
・アクセス
-烏丸線「鞍馬口駅」徒歩3分